5_絶望、そこから少し回復

5-1_絶望のルーツ

 前回のエントリーで、実家の庭木問題でふとしたきっかけにyunはメンタルをやられていたのですが、追い打ちを書けるような出来事があり、さらなる絶望モードに突入してしまいました。その出来事とは、yunの父親からの月々の仕送りが今月分は少なかったことです。これがどうしてyunにとって絶望モードになることなのかは、yunの父親について説明をしなければいけません。


 yunの父親はyunが確か大学生の時に不倫夜逃げした人です。たぶん、2000年代前半の出来事のはずです。それ以来yunの父親の実家に実母にかくまわれながら不倫女性と一緒に暮らしている、とyunから聞いています。yunの母親、すなわち件のお義母さんは、yunの父親の母に言われて、仕事をやめさせられたそうです。当時はまだ、女性は結婚をしたら過程に入って仕事をやめるべきだというのが高齢の方々の一般的な考え方で、お義母さんは私立学校の職員として働いていたのですが、泣く泣く仕事をやめて、以来収入がなくなりました。それなのに配偶者であるyunの父親は不倫をしてある日突然家を出ていき、あろうことか実母の管理しているアパートに不倫相手とともに身を寄せているそうです。


 yunとお義母さんはその当時、戸建てに住んでいて、一応その家はキープできていたものの、父親の扶養でいたところ突然失踪されて、当時は困窮に陥ったと言っています。それからというものの、お義母さんは介護職で、yunも大学を卒業して働き出したので、なんとか2人で生活は回るようになっていましたが、6年前にお義母さんが悪性脳リンパ腫になってからは一転、お義母さんは仕事も家事もできなくなり、yunは働きながらシングルケアをしなければならなくなったことで、大変だったといいます。治療後もお義母さんは後遺症が残り、要介護状態になりました。yunの実家はお義母さんを介護できるようにするため、800万円程リフォームをしたようですが、当時そのお金はyunが建て替えたようです。


 そのあたりからyunの父親に対する怒りは相当あったようで、yunの父方の祖母の言い分でお義母さんは収入をなくした上で、以来仕送りもなく、大病をしたのにyunだけがシングルケアをして自腹で介護費を払って父親は何もしない、もう我慢できない、ということです。


 yunはおそらくその当時父親にものすごく詰め寄ったのだと思います。不倫して夜逃げしたお義母さんの介護に直接かかわろうとすることはありませんでしたが、yunに仕送りとして毎月15万円を振り込んでくれるようになったそうです。私は最初にこの話を聞いたとき、月15万という額はなかなか大きく、誰にでもできるものではないと少し関心しながら話を聞いたように覚えています。しかしながら、実際の介護の大変さや、yunに対する父親の長年の不誠実な対応は、たぶん私が15万という金額に感じる印象より途方もなく重たいものだということが現在までにわかっています。

5-2_仕送りが少なかったこと、それについての父親の言い分

 yunの父親は、仕送りが少なくなることに関して、『今月はどうにもなりそうにないので、とりあえず5万は振り込んだけれど、あとはどうにもならない』といった趣旨のショートメッセージをyunあてに送ってきていました。先週末、10/2(土)あたりだったと思います。実は、これは今年に入ってから3回目位の出来事で、もしかしたらyunの父親が借金かギャンブルで金銭的なトラブルを抱えているのではないかと心配をしています。心配といっても、yunが心配しているのは父親その人の身のことではなく、金銭トラブルが回りにに回ってうちの家に飛び火しないかどうか気が気でない、ということですが。

5-3_yunの父親の預金通帳のなぞ

 yunの父親が金銭トラブルを抱えていそうというのは、単なるイメージでそう思っているのではありません。話せば長い事情で、お義母さんとyunの父親は不倫夜逃げ後10数年たっても離婚していない状態です。去年の10月にお義母さんを老健に入れる際に限度額制度適用を検討していたのですが、配偶者がいる場合、その配偶者が課税者である場合は限度額制度が適用されず、介護保険料の1割まで施設利用料を支払わなければならない、という問題に直面しました。また、配偶者の直近2か月程度の預金通帳の明細を求められました。


 yunは父親をものすごく嫌っていたので、連絡をとるのを渋っていましたが、背に腹は変えられないので、預金通帳を送るようメールを送り、やり取りをしました。それまでも介護費用の仕送りがちょいちょいとだえる時があったので、たぶんそんなに通帳に入っていないだろうということは創造できたのですが、送られてきた通帳のコピーを見て私もyunも衝撃を受けました。通帳の金銭の出し入れがほぼ毎日、それも1日に3回も4回も、1回あたり数千円から大きいときは10万円程度動かしていて、何をしているのか気が気ではないのですが、あろうことかその振込み先の欄をいると、父親によってほぼほぼすべて黒塗りで消されていたのです。それでも手持ちはなんだかんだ持っているのではないかと考えていたのですが、なんと一番少ないときには通帳に15万円しか入っていないときもあったようです。明らかに全財産15万円の人がしていいお金の動かし方ではないのです、それに振込先の黒塗りは何かとyunがyunの父親に問い詰めても、かたくなに答えようとはしません。


 あまりに感覚が合わないyunの父親に得体のしれない不安を感じ、これ以上藪をつつきたくなかったこともあってその時は結局それで終わりましたが、結局、yunの父親は課税者で、離婚もせずお義母さんの配偶者であったため、限度額制度は適用されず、老健に入ることになりました。yunは父親とコンタクトをとるとものすごくメンタルをやられるらしく、私はyunの心の安定が、多少多めの施設利用料でキープできると考えると高くはないと思いましたので、その時はそのままサインをし、お義母さんに老健に入ってもらいました。結局、限度額の問題は今後介護と金の問題で、避けて通れないのはわかっていたのですが、問題を先送りにしたのでした。

5-4_yunの回復について語るまで筆が進まない

 そんな背景もあってyunh父親から仕送りが減った時に、なにか不吉なことが起きているんじゃないかと心配になってしまうのですが、それも結局先の見えない介護にどれだけお金がかかるか、といったことが不安の要因の1つです。介護の先行きに関して、yunは今週の頭、10/4(月)あたりに、お義母さんを老健に入れる前に4年半世話になったケアマネさんに電話をして、それで少し落ち着きました。そのことについて、次回改めて書きます。

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4_yunの不安定と実家の管理

4-1_実家の整理とyunの不安定

 yunは昨日から今日にかけてだいぶメンタルが厳しい状態でした。実は先週の月曜あたりからずっと不安定だったのですが、それが10/2の晩から10/3の午前にかけて爆発した感じでした。理由はお義母さんの介護の先行き不安。先々週の木曜(9/23,勤労感謝の日)に私が実家の庭木の剪定をしていた時に、切っていた木の枝にに作りかけのハチの巣があって思わず声をあげるほどびっくりしました。それを駆除してもらうため、すぐさまyunは実家のある自治体でやってるハチの巣駆除屋さんに電話を何件かかけ、休みの日もやってくれる業者さんに連絡をとりました。いつもながら思い立ったらすぐに調べて連絡する迅速さに感動します。

 そうして連絡がついた業者さんは先週の日曜(9/26)にやってきてくれ、その場で巣をとってくれました。業者さんは70代位の老夫婦で車を運転してyunの実家に来られてその場で殺虫財を噴射して巣つくり中の働きバチをざっくり駆除した後、脚立で巣が手で届く範囲まで近づき、手で巣を回収して袋に入れました。この作業で8000円の請求でしたが、プロの作業を近くで見られて、8000円は安いほうかなと思いました。

 お義母さんが老健に入ったことで、普段人がいなくなったyunの実家はyunの計算では年間50万かそれ以上に維持費がかっています。庭木の手入れも手間がかかることの一つで、前の冬に大きくなりすぎた木の枝をだいぶ伐採したのですが、現状ではまた敷地外にまで伸びててお隣さんに迷惑をかけていそうな状況です。今後これらを剪定しても、数か月後には再び同じように枝が伸び放題、ということが予想されますので、庭にある大きな木を伐採してしまおうということを夫婦で話していました。ちょうどハチの巣駆除に来ていたおじいさんに庭木の伐採をその場で見積もってもらったところ、3本で3万円くらいだと言われました。それで今後トラブルが減るなら安いと思い、その場でお願いしたいと言ったのですが、できるかどうかわからないので、いったん持ち帰って検討したい、また電話しなおすと言われ、その日はそれで終わりました。

 それからです。2日くらいたっておじいさんからyunあてに電話が来たのですが、その時点でおじいさんはどの木とどの木を切るのか見てみないとわからない、と電話口でyunに言ったそうです。それがyunの心の奥底で何かのきっかけになって、yunはメンタルがおかしくなってしまったように見えました。先の見えない介護問題を抱えていて、家の扱いにも手を焼いているのに、業者の人とのやり取りもままならないのか、そういった根っこにある介護問題が尾を引いている要因だと思うのですが、この日を堺にyunは朝起きた直後や夜寝る前にものすごく絶望した表情をするようになりました。はやく気分が戻るといいのだけれども。


4-2_今晩yunが作ってくれたもの

 今日からyunが用意してくれる晩御飯についても整理したいと思います。yunはフルタイム勤務しながらも、いつも晩御飯を用意してくれていて、私は本当に頭が上がりません。いや実は本心を言うと、ご飯を用意してくれる余力があるなら、その余力で少し運動をして健康増進に務めてもらいたいと思っているのですが、作ってくれたご飯に対してはありがたいという気持ちをこめていただいています。  今日は昨日までの残りに加えて、サラダと焼き餃子を用意してくれていました。餃子はオリンピック選手村で選手に評判だったという味の素の餃子で、味の素の公式通販で買ったものです。yunは少し焦がしてしっぱいしたと言いましたが、私にはほかのおかずもチンしてサラダも用意してくれたのに、sの上わざわざ餃子を焼いてくれて嬉しかったです。

 

3_半年ごとの通院(子宮脱)

3-1_お義母さんの付き添いを終えて、家に戻るまでの行程

 朝8時過ぎに家を出て電車を乗り継いで、yunの実家に9時40分くらいに到着。少し実家内のごみまとめ作業をしたのちに10時に老健に向けて出発。実家にある12~14年落ちのデミオで、20分程かけて老健に到着。10時30分にお義母さんをピックアップして、そこから病院へ車で移動。診察は1時間かからないくらいで終わって、お義母さんは11時過ぎに老健に返しました。そこから実家に戻り、家の中のゴミまとめ作業を再開し、今回出せるだけのゴミをまとめ、予約していた粗大ごみに粗大ごみシールを貼って玄関に出し、やれることをやって13時前くらいに撤収。今日は暑かったので、道中の移動もなかなか疲れました。

3-2_お義母さんの様子

 お義母さんとは毎月の面会で窓越しに電話機で会話をしていたので、この半年で少しずつ腰が弱ってきているなということは感じ取っていました。月をまたぐごとに車いすで誘導されていることが多くなっていたから。でも実際にyunがお義母さんを車いすから自動車に移乗させるのを見ると、老健で見てきた以上に腰が弱くなっているのを感じた。以前は腰が弱くて左半身も思うように動かない状態だったけれど、右腕は少なくとも力があって、しばしばyunに突っ込むときなど、結構な力で叩いていたりしていました。自動車に乗る時も、去年までなら態勢をよろめかせながらも右手で車のドアをつかんで、自分の意志で体重移動することがかろうじてできていたのですが。仕方のないことだとは理解してはいても、少し切ない気持ちになります。

 もちろん、施設に入る前からお義母さんは緩やかに移動に不自由することが増えて言ってましたから、施設に入れたことが足腰を弱くした原因だというのとは違うと感じています。施設に入れる時にお義母さんを説得した自分がお義母さんの足腰を結果的に弱らせるのを早めたとは思いますが、そのことは後悔はしません。ですが、切ない気持ちにはなります。

 お義母さんは子宮脱のリングの交換で今回の病院に来たのですが、yunはお義母さんと一緒に診察室まで立ち会っていました。どうも排泄後のふき取りが完全ではないようで、おむつを脱がせたときににおいを嗅いだようでした。yunは去年の10月まで、お義母さんの使用後のおむつや寝小便後のシーツの処理をしていた時、その臭いで気持ちがだいぶやられるといつも言っていたのですが、今日はそれを鮮明に思い出したよう。今は老健に入ってもらっていて、それらを施設の人にやっていただいているおかげで、yunの精神も以前より余裕ができていたんだということを改めて実感しました。施設の方々の日頃のケアには、どれだけ感謝してもしきれない思いです。

3-3_病院の送り迎えと自家用車

 都内の老健にお義母さんを迎えに行って、都内の病院に通院するのですが、yunは妊娠前から駐車場に車を止めるのが大変だと言っていました。妊娠を機に、自分も通院のフォローをしないと今後大変だと思ったので、今回初めて運転したのですが、確かに道が狭くて大変でした。一番問題があったのは、車いすにお義母さんを移乗させて、そのあとに自動車を駐車する間、お義母さんに病院で待っていてもらわないといけないということ。今回のようにyunと私の2人がかりで通院のお手伝いをした場合は、一人が運転してyunがお義母さんに張り付いていれば良いのですが、yunがこれまでそれを1人でやっていたのはかなり大変だったと思います。特にyunは介護が始まるまでペーパードライバーだったらしいので。

 それでもyunがこれまでお義母さんを一人で通院付き添いできていたのは、老健に入る前に自治体から借りていた自宅用の車いすを用いて、車からお義母さんを移乗させるのがスムーズにできていたかららしいのです。老健に入ってしまうと、それまで自治体から借りていた自宅用の車いすを業者に返却しなければならなかったようで、通院時に病院に備え付けてある車いすをとってくるというひと手間がなかったので、動きやすかったようです。今回はそのひと手間が増えたので、もうひとり介助者がいたほうがスムーズな通院ができるためにはよかったようです。

 今回付き添って思ったのですが、こういう場合はタクシーの方が楽なのかもしれないと感じました。まず車を管理する必要がないので、お義母さんの介助だけに専念できるし、車いすを取りに行く間もお義母さんはタクシーに乗って待っていれば良いのですから。

 車はあると便利だけれども、今回の病院は、備え付け駐車場がかなり狭く、外の有料駐車場を借りに行く必要がある場所だったので、車を運転する専門の人がもう一人いないと、スムーズな通院は難しいのかなと思いました。そうなると、もし子供が無事に生まれて通院付き添いに2人で立ち会えなくなると、しんどい場面が多くなると思うました。


3-4_実家の整理などに関して

 これはまた書くと長いので、また明日にします。

2_お義母さんの通院

2-1_今日は比較的おだやかだった。

 yunは一昨日2度目のワクチン接種だったので、昨日一日調子が悪く、今日も不調かなと思ったけれど、意外と大丈夫そうでほっとした。yunは生まれた時口唇裂だったようで、口腔の構造が人と異なるようで、痰がたまりやすく、抜けやすい「後鼻漏」の症状が前々からあって、それは妊娠している今でも継続しています。でもそれ以外はわりと健康そうでなによりでした。

2-2_妊娠17週と6日

 もう日が変わって18週経過になるけれど、よくぞここまで頑張ってくれました。毎日が感謝してもしきれない。ワクチンが今の時期まで遅れたのも、妊娠の週数を考慮してのことでした。どうしても過敏期の12週を過ぎるまで打ちたくなかったことと、高熱が出やすいモデルナを避けて自治体で予約したかったことから。ワクチンの胎児への影響が心配で、一回目のワクチンは安定期までは打たないでおこうか、という案もあったけれど、コロナ患者の妊婦さんが病院に受け入れられず、自宅で出産して赤ちゃんがお亡くなりになるニュースがあって、そのニュースがあってからなるべく早くワクチン接種しないとまずい、と考えるようになりました。

2-3_明日はお義母さんを病院に連れていく日

 今月の15日は、昨年yunのお義母さんを説得して老健に入ってもらってちょうど1年になります。1年前はお義母さんが実家で一人でいて、yunが四六時中お義母さんを見守りカメラで見張っていたり、通販で浪費しないように携帯の発信制限からテレビの通販番組が映らないようにすることまで、いろいろやりました。お義母さんは私がyunと結婚した当初はもう少し動けていた印象があったのですが、だんだんできない動作が多くなっていき、入所時点では寝小便なども日常茶飯事となっていました。お義母さんはヘルパーさんにその後始末をさせずに、yunばかりがそういったことの始末もすべてやる流れになっていて、見るからに滅入っていましたが、私に手伝わせようとはしなかったので、見ていて私ももどかしいと感じていました。

 いろいろな思いがあったのですが、私はお義母さんが老健に入所する直前に渋る様子だったのを、強く説得しました。お義母さんはそれまで私へは娘の旦那ということもあって、良い顔をしてくれていたように感じていましたが、入所を強く説得したときは、強い抵抗の姿勢を見せ、私はたった1日で少し嫌われてしまったかもしれません。結局現在に至るまでお義母さんは老健に居続けることができ、yunは少し余裕をもって妊娠生活を遅れているので、お義母さんには申し訳ないと思う一方あの時の判断は間違っていたとは思いません。

 そんなお義母さんは子宮脱のリングの交換と悪性リンパ腫の病後の検診で、半年にそれぞれ1回、年に2回ずつのペースで施設外の病院に診察に行く日があります。明日はその日です。yunはまだ動けるほうですが、とはいえ不安なので、ついて行って運転とカバン持ちのお手伝いをしようと思います。本当は、ワクチン明けでyunは完全に動けない可能性もあったので、動ける自分が一人でお義母さんを迎えにいって一人で病院に連れていくことも提案したのですが、やはり気が引けるのか、yunは自分が行くと言います。複雑な気分です。


2-4_台風がおさまっていくみたい

 よかった、明日義実家に車を取りに行って、そこから老健にお義母さんを迎えに行って、そこからさらに病院へ、という行程が待っていたので、悪天候は勘弁と思っていました。yunも幸い高熱を出さずに済んだしこれならなんとかなりそうです。

1_早速1年更新していなかった

1-1_気づいたら1年たってた

 こまめに更新しようと思ってたこのブログ、開設して早1年、何も更新することなく過ぎていたが、その間いろいろありすぎた。少し落ち着いてまとまったら書こうと最初は思っていたのが、どんどん状況が流転していき、気づけば書くのが面倒になって、、、という有様だった。今回は、昨年9月からの状況の変化をざっとまとめて、次回からは近々の出来事にからめて過去を振り返っていく。

 

1-2_昨年9月からの出来事

2020年
  • 10月 お義母さんを老健へ入れる
2021年
  • 6月 yunが妊娠。
  • 7月頃 老健より、特養への申し込みは済んでいるのか、という肩たたき風の電話を受け取る。なんだか出ないといけないような感じがして、不安な気持ちになる。
  • 9月 老健の方のプッシュがあって、申し込んだ特養から審査結果が出て、正式にお断りをされた。要介護度3であるのと、認知能力の低下の度合いからm緊急度が低いと判定されたよう。 
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0_嫁の介護奮闘日記

0-1_挨拶

yuichiと申します。エンジニアをやっています。 最近仕事でマークダウン記法を使用する機会があって、便利だと思ったのでQIITAを始めてみました。こちらです。 個人的なメモとして使用しているので、あまり宣伝する意味もないですが、私の名刺代わりに紹介します。(なぐり書きですので悪しからず)

0-2_概要

今月に入って家内のU子と出会ってはや2年が立ちましたが、介護がなかなか大変そうです。 日常では大っぴらに介護のことを同僚に話す機会もなく、yunの苦労が誰にも共有されないのはもどかしいと思ったので ここに吐き出そうと思いました。はてなを選んだのは、QIITAと同じくマークダウンで書けるみたいだったから。 このblogも私の個人的なメモですのでまとまりのない文章が多くなりますが、悪しからずご覧ください。

次回からまともに書いていきます。

台風が来ている九州沖縄が心配ですね。くれぐれもご安全に。 2020年9月6日深夜

0-3_リンク整理